鹿島製作所の前身、株式会社富士鉄工所を株式会社鹿島組(現:鹿島建設)が吸収合併しました。
1945年3月の空襲により砂町工場が焼失。1945年8月15日の敗戦に続く低迷時代を乗り越えて、1945年12月、社名を株式会社富士鉄工所より株式会社鹿島製作所に改名しました。本社工場を王子区(現 北区)神谷町に設置し、鹿島製作所は設立されました。「これからは重機の時代」をスローガンに「移動リフト」(倉庫の荷役機械)、「索道工事」を主体に運搬・荷役機械の製作を進めました。
創立以来順調に業績をあげてきましたが、高度成長期の鹿島建設株式会社の飛躍的発展に伴う機械部門の強化により、1958年6月に鹿島建設株式会社に合併されました。
機械化施工の発展に伴う需要拡大に対応するため、1989年、鹿島建設株式会社よりカジマメカトロエンジニアリング株式会社として分社独立しました。